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鞍手町再発見(歴史)

伝統文化あふれる、歴史がいっぱいつまった町「くらて」

鞍橋さまと鞍手の地名考

「くらて」の発祥については諸説がありますが、伊藤常足の太宰管内誌に日本書紀を引用した鞍手の地名考があり、それによりますと欽明天皇の時、百済を救援に行った筑紫国造が強弓の使い手で、敵の騎馬兵の鞍の骨を射抜くほどであった。その働きにより敵の包囲から脱れた百済の威徳王がその功を称えて鞍橋君の尊称をおくった。鞍橋は矩羅膩(くらじ)と読んで鞍骨のことで、この「くらじ」が訛って「くらで」というようになった、と記されています。長谷の飯盛山にその鞍橋君を祀る鞍橋神社があり、土地の人は「くらじさん」と言っています。

 

歴史年表
西暦
時代
鞍手町
福岡県内
紀元前







4000


新延貝塚下層 山鹿貝塚(芦屋町)
楠橋貝塚(八幡西区)
3000


新延貝塚中層
古月貝塚最下層
山鹿貝塚
2000


新延貝塚上層 古月貝塚 山鹿貝塚
1000




500

300






古江遺跡 板付遺跡(福岡市)
曲田遺跡(二丈町)
200
飯盛遺跡(福岡市)
100 高木遺跡木棺・土壙(どこう)墓群
向山遺跡・土壙(どこう)墓・貯蔵穴
中屋敷遺跡住居跡・貯蔵穴
古江遺跡
高木遺跡甕棺・石棺

0


三雲遺跡(前原町)
須玖遺跡(春日市)
立岩遺跡(飯塚市)

100


中屋敷遺跡の住居跡
古江遺跡
向山遺跡の住居跡
57 倭奴国王、後漢光武帝より金印を受ける
大南遺跡(春日市)
200
300


中屋敷遺跡住居跡
高木遺跡住居跡
石塚山古墳(苅田町)
400






鎧塚古墳(県指定)
500


新延大塚古墳(県指定)
古門須恵器窯跡群(県指定)
527 筑紫国造磐井の乱
536 那津官家設立
王塚古墳(桂川町)
竹原古墳(若宮町)
600



銀冠塚
古月横穴群(国指定)
小牧西牟田横穴群
609 筑紫大宰の初見
665 大野城、椽城を築く
飛鳥
白鳳
700
奈良

律令制度で筑前国鞍手郡新分里(すぐ里は郷と改名)の成立が推定される。ほぼ現在の鞍手町の範囲。郡には大領はじめ郡司が、郷には郷長がいた。人口は1,000人ほどと考えられる

和名抄の鞍手郡6郷のうちに新分郷あり
浦の原池瓦窯跡群
長谷寺木造十一面観音立像(国指定)

長谷寺の木造四天王像
中山の木造不動明王及二童子像(国指定)
長谷寺木造十一面観音坐像
北薬師の薬師如来像・日光・月光菩薩像
南薬師の薬師如来像
高木の薬師如来像
中屋敷遺跡の土壙(どこう)墓

鞍手町は、東北部は皇室御領の植木庄、南部は高野山金剛三昧院領の粥田庄、南西部は宗像社領の各庄が入り込む
長谷寺遺跡
746 観世音寺完成
756 治土城を築く
800






900
901 菅原道真、太宰権帥に左遷
1000
1019 刀伊の入寇
1100
1158 平清盛、太宰大弐になる
1198 武藤資頼、筑前・豊前・肥前の守護になる
1200






1300





1372 今川了俊、太宰府攻略
1400
室町

1467~69応仁年中、梅野土佐、剣岳城をつくる。このころ剣岳城のほかに音丸城・腰山城・古野城あり 1428 大内氏、少弐氏支配の筑前を奪う
1477 大内政弘、筑前など4ヶ国の守護になる
1500
戦国


安土

桃山

秋月氏の侵入で鞍手町内の諸庄園終焉 1551 筑前守護代大内興連自害
1587 秀吉の九州征伐、その結果、筑前は小早川隆景に与えられる
1600





1623 福岡藩の支藩として直方藩できる
鞍手町の南半が直方藩に入る
家老の吉田壱岐、中山村の本村に別宅をおく

1720 直方藩を廃す

1774 伊藤常足誕生

1821 木月と新延に各1ケ所焚石山あり

1841 「太宰管内志」を藩主に献上

1858 伊藤常足没
1600 関ヶ原の戦後、筑前は黒田長政に与えられる。
1700 1796 植木に蝋会所(ろうかいじょ)設置
1800  
1900
明治

1908 室木線開通
大正

1915 三菱六坑開坑
1918 三菱七坑開坑
 
2000
昭和

1955 1町2村合併して鞍手町誕生
1971 町内炭坑最終閉山
1985 室木線廃止・町制30周年記念
1979 九州自動車道、鞍手町開通
2100
平成

2005 町制50周年記念  

 

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所属課局:教育課文化振興係

電話番号:0949-42-3200